1 原発事故と 発がんの危険の程度 (1)

 

 福島の原発事故、これは世界的な大変な事故であり、被害にあわれた方々には、心からお見舞いを申し上げます。今でも苦しんでいらっしゃる方々のことを思うと、月並みな言葉ですが、痛恨の極みです。謹んでお見舞いを申し上げます。 

 

この事故の人への影響で、特に問題になるのは、放射線の発がん作用でしょう。 

 

 私(廣畑)は、国際連合の 放射線障害科学委員会の委嘱をうけ、だいぶ前ですが「人体における放射線発がん (Radiation Carcinogenesis in Man)」という報告書を書きました。そして世界で初めて、単位線量あたりどれぐらい発がんのリスク(危険)があるか、推定しました。その結果は、国際連合の総会に提出され、国際連合から出版されました。それは1972年のことですが、それ以来放射線の人体影響、特に発がん作用、それを専門の一つとしてきました。その立場で、放射能の影響について書いて見たいと思います。一般の方が読んで理解しやすい形で、段階的に書いて見るつもりです。

 

 なお上の写真は、古くて恐縮ですが、国際連合のビルの32階にあった私の部屋から、ニューヨークのマンハッタンを眺めた写真です。遠くだが真正面にあるのが、マンハッタンで一番美しいといわれる、クライスラー・ビルディングです。その左がパンナム航空のビルで、ヘリコプターの発着ができます。 日中の景色も素晴らしいが、夜景が特に素晴らしかったのが強く印象に残っています。

                                              

   原発事故と発がんの危険の程度 (2)

 放射線のヒトへの影響は、その発がん性が最も問題になります。その他の影響は、むろんまったくないわけではありませんが、やはり放射線により発がんのリスクが増大する、それが一番問題です。この点に関し、世界の中で、日本の原爆被爆者の方たちのデータが、一番重要です。

 

 世界を眺めると、他には、強直性脊髄炎で放射線治療を受けた人たち、時計に夜光性の文字盤を作る作業をしていた人たち(文字盤を書く際、放射能を持つ塗料をつけた筆先をなめて揃える、それで体内に入る)、以前肺結核の特効薬がなく、気胸療法が行われ、その際透視を頻回(100回、200回とか)受けた人たち、チェルノブイリの事故、などなど いろいろありますが、結論から言えば、日本の原爆被爆者の方々の長年の観察結果が一番重要です。その結果を、表にしたものを検討してみたいと思います。

 

 一体どれ位の線量で、どれぐらいのがんへのリスクが増えるのか、福島の場合はどうなのか、がんのリスクをあげる要因は世の中にたくさんありますが、それらに比べてどうなのか、など考えてみたいと思います。ご存知のように、喫煙ががんのリスクを大きく上げる、また悪いライフスタイルなども、がんのリスクをあげます。このホームページの中の、「食事しだいでがんは防げる」も参考になるでしょう。

                          

  原発事故と発がんの危険の程度 (3)

 

 この表は、放射線量と発がんリスクに関する、40年間の原爆に被ばくした方達の観察結果(放射線影響研究所)です。一番左のカラムが線量で、グレイが単位ですが、シーベルトと同じと理解してかまいません(中性子などの場合はグレイとシーベルトが違ってきますが)。例として、上から2番目の欄について説明すると、5ミリグレイ(ミリシーベルト)から100ミリグレイ(ミリシーベルト)の被ばく量で、約4400人のがん患者さんが観察され、そのうち約80人、1.8%の方が、被ばくによる発がんと推定される、ということです。100ミリグレイ(ミリシーベルト)から200ミリグレイ(ミリシーベルト)では、7.6%のがんが、被ばくによると推定されます。

 

 被ばくによるがん患者さんの割合は、線量が増えるに従い大きくなります。なおがんの発生には、喫煙、食生活、運動、肥満など、種々の要因がかかわってきます。ことに喫煙が重要な原因です。

                           

 2 強制退去の問題は?         

左の表は、上の英語の表を、日本語に直したものです。

 また比較のために、喫煙者のリスクも示しています。喫煙者に比べて、たとえば20ミリシーベルトといった線量は、がんへのリスク、危険性は、はるかに低いのです。 第4回を修正、2013年4月

 2011年の6月のある日の放射線量をみると、仙台市が0.07μSv/時(マイクロシーベルト)で、年に直すと0.6ミリシーベルトです。もちろん安全です。安全でないとされる場所、たとえば飯館村を見ると、2.99μSv/時で、年に直すと26ミリシーベルトです。この線量は、上の表を参照すれば、がんのリスクは上がるのだが、家を捨て、村を捨て、何もかも捨てて立ち退く事を強制すべき線量なのか、疑問に思います。住民の方への犠牲があまりに大きいのでは、と思っています(私見)。

 

 ちなみに、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告は、緊急時が年に20~100ミリシーベルト、緊急時を脱すれば、1~20ミリシーベルトです。

 

  がんの要因はいろいろあり、最大の要因は喫煙です。喫煙する人たちでは(男)、がんのリスクが1.5倍になります。たとえばある男性1万人の集団があるとします。本来ならその集団から、100人にがんが発生するとします。もし全員が喫煙者であれば、喫煙のために150人に増加する。そして、発生した150人のがんの内、タバコによるがんは三分の一、33% に達します。 それに比べれば、上記の放射線によるリスクは、ずっと低いのではないか、と思っています。

 

  がんのリスクからすれば、はるかにリスクが大きいタバコは、販売を禁止すべきででしょうか? また喫煙者は、家から、また地域から強制退去させ、仕事も続けづらくなるようにするべきでしょうか? それには大部分の人は反対するでしょう。例に挙げた 年に26ミリシーベルト、そのレベルで強制退去を求めるのは、私見としては、問題があるように思います。

                        第5回 2013年2月

 

3 UNSCEAR 国際連合放射線障害科学委員会

 2013年の6月2日付の全国紙に、『福島事故で国連委「がん増加しない」』という題の記事がありました。「国連委」というのは、正確には、「国際連合放射線障害科学委員会」のことです。私が関与していた頃は、たしか15ヶ国ぐらいが、この委員会のメンバーになっていました。ビキニの水爆実験で、予想していた風向きが変わり、放射性物質が予定外の地域に降下し、ロンゲラップ島などの住民に被害が出て、国際政治の問題になりました(日本の漁船、福竜丸も被ばくしました)。それで出来た委員会です。この委員会の事務局は、以前はニューヨークでしたが、今はウイーンにあります。

 

 記事によると、放射性ヨウ素による甲状腺被ばく線量からは、がん患者の増加は考えられない、と述べている由です。また、放射性セシウムによる被ばく線量のレベルからも、固形がんのリスクが高まるとは考えられない、と述べている由です。この委員会は、普通長い名前を省略し、アンスキア、UNSCEAR (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation) と言います。時間をつくり、丁寧にUNSCEAR の報告書を読んでみたい、と思っています

                         第6回 2013年6月

 4 除染のレベル(1ミリシーベルト)には問題があるが

国連(ニューヨーク)の裏庭のバラ園、世界のバラが集まる、散歩の楽しみ
国連(ニューヨーク)の裏庭のバラ園、世界のバラが集まる、散歩の楽しみ

人間は太古から、放射能の中に生きてきました。低線量は、むしろ健康にプラスだ、そういう主張の方もいます。そういう研究をしたいと、相談を受けたこともあります。たしか放射能の高い温泉(ラジウム温泉?)のそばの住民の方の健康を調べたい、そういう話でした。名のある研究者の方ですが、低線量の放射能は、健康に良いのではないかと考え、相談に来られました。

 

 世界的に見て、地域によっては、放射能のレベルは高いし、またジェット機で空高く飛べば、かなりの放射能にさらされます。1ミリシーベルトで、健康被害がある、がんのリスクが上がる、そういうデータは、世界で見当たらないのです。

 

 私は初めから、1ミリシーベルト以下に除染、というのに、抵抗を感じていました。今度、1ミリシーベルトでの除染にこだわらない、そういう方向に進むようで、結構なことと思っています(国際機関の勧告を踏まえて)。このホームページに、がんの原因は多種多様だと述べています。タバコは圧倒的に重要だし、また、食物、栄養、肥満、運動、細菌やウイルス感染、など、トータルで考えるべきだ、と述べています。住民の方々の健康は、放射能は無論含めるが、トータルで考えるべきものでしょう。例えば、仮設住宅で、運動もできない、もしそうであれば、健康への悪い影響があるかもしれません。 

 

 5 原発は 将来どうすべきか ?

国連の裏庭 散歩に最適 ほとんど誰もいない(外交官と職員限定)
国連の裏庭 散歩に最適 ほとんど誰もいない(外交官と職員限定)

 福島の原発事故が起こる前の話です。放射能漏れが、時々ニュースになる。人体に全く問題にならない低いレベルの線量です。しかし私は、万一のことが起こったら、どうなるだろうと危惧していました。

 ある電力会社の責任者の方との話を思い出します。私の考えは、ニュースになる放射能漏れは、問題にならない低い量だと思うが、万一の場合どうだろう。例えばある国が、テロの一団を使い、海岸にある原発を攻撃し、爆破したとする。それを制御しようとしても、放射能のために近寄れない。大変なことになるのでは、と話したことがあります。実際に、1000年に一度という大津波のため、大変なことになったのはご承知の通りです。

  

 普通の工場が爆破された場合は、がれきの山になっておしまいです。しかし、原発は違う。そばに近寄れない。西欧のドラゴンは、口から火を噴くそうですが、西欧の龍、ドラゴンと同じで、放射能のためそばに近寄れない。

 

 現在 原発再稼働の話が出ています。現時点では、多分やむを得ないのでしょう。ただし一部の再稼働をしても、近い将来、代替エネルギーを求め、原発ゼロに持って行く、それを目指すべきだろう、と思います。私は随分前ですが、シェールオイルに関する動物実験(医学上の実験)をしたことがあります。その際、シェールオイルの埋蔵量が、米国やカナダで膨大なことを知り、エネルギー源として使えないものか?と思いました。数十年後の現在、技術革新のもとに、シェール革命が起こり、重要なエネルギー源となりました。米国は、中東の石油に依存しなくて済むようになり、石油の輸入国から逆に、輸出国になりました。

 素人の考えですが、日本にはこれだけ温泉が多い。地熱発電など、重要なオプションにならないか?など思っています。太陽光を利用した発電は、曇りや雨では発電できず、現時点では、あまり頼りにならないのです。

 

 終わりに一つ記せば、以前、民主党が政権を取り、鳩山由紀夫内閣が成立しました。鳩山内閣は、CO2削減のため、原発の建設を推し進め、日本のエネルギーの半分を原発でまかなう、そういう方針を打ち出しました。「なんと無茶な、思慮のないことを言うものか!」とあきれはてたのを覚えています。(現在は正反対の、原発ゼロに変わりました。こういう政党が政権を持つのでは話にならない)