ホノルル、カハラ、住宅街
    ホノルル、カハラ、住宅街

 

 

 忘れえぬ人々という題で、思いだし是非書いてみたい方々は沢山いらっしゃる。しかし場合によっては差障りがあるかも知れない。したがって小生の長い間の海外生活から、特に、ハワイ大学公衆衛生の教授をしていた頃の生活をもとにして、海外の忘れえぬ人々について、いくらか書いてみたい。

  

浜田さん: ホノルルのあるオアフ島にヌウアヌ・パリ(Nuuanu Pali)という観光の名所がある。風の強い、きりたった崖に面した所で、かの有名なカメハメハ大王がオアフ軍を打ち負かし、崖下に蹴落し、ハワイ諸島統一をなしとげた古戦場でもある。ヌウアヌ・パリから見下ろすと素晴らしい景観の中に、パリ・ゴルフ場がみえる。浜田さんとそこで初めて会ったのは一昨年の夏である。

  

 浜田さんは今年81才になる。今は引退しているが、20年前までは会計士であった。パリは高低のはげしいコースだが、彼は1組4人の中で一番先に立って歩く。ことに登り坂ともなると他の3人を尻目に、先頭をどんどん歩く。スコアがまた素晴らしく、大体80台である。

 

浜田さんに教えられることは多い。プレー中に水を飲まない(注:以前はスポーツの最中に水を飲まぬよう勧められた。今は逆に水分補給が大切と考えられている)。決して腰をおろさない。手引きカートを引っぱり腰をしゃんとのばし、歩幅をとってさっさと歩く。グリーンで人のパットを待ちながら、手近のゴミをひろい草を抜く。彼は若い時から登山で知られていたそうだ。今でも週23回は山歩きに出かけるとか。日本でも主な山は全部登ったと話していた。時々来日して、日本の山々に登るのを楽しみにしているとの事であった。

 

 ハワイではお年寄りはゴルフを無料にしている。正確には年に10ドル、2,000円で、まずただといってもよく、その料金で週日なら公共のゴルフ場で毎日プレーできる。日本とはえらい相違である。なお一般の住民でも月10ドルで、週日ならいくらでもプレーできるのだから、日本では信じられぬ安さである。

 

稲垣さん: ヌウアヌ・パリに行くちょっと手前に、稲垣さんの家がある。彼は今年80才、普通80才といえばまず寝たり起きたりの生活だろうが、彼は碁が趣味で日本棋院六段、ハワイの現役の本因坊である。彼とは大分碁を打った。彼の年齢の半分位しかないのに、私の方がどうしても押される。私が定先で打って通算して私の負け越しであろう。若い頃は秀哉名人に2目で打っていた由である。この夏休みにハワイに出張した際、彼は立派なディナーを1人で準備し(奥さんがいないので)、10人余り招待して歓迎の宴を開いて下さった。その準備に朝早くから立ちづめで調理をしたそうで、80という年を感じさせない偉いおじいさんである。

 

 一年中気温のほとんど変わらぬ涼しいヌウアヌの彼の家で、時価250万円という立派な碁盤で、ウロを戦わせるのは楽しい。稲垣さんには碁のマナーも教えられた。端然と正座し体を崩さない。考えがまとまるまで石をにぎらない。碁盤の横に石を打ちつけ鼻唄まじりに打つ人がいるが、それとは大違いである。彼の家の床の間には「和敬清寂」という見事な、自筆の書がかけてある。正に勝敗を離れてそういう境地に相手を引っぱっていってくれる。古きよき日本、明治の日本人の1人であろう。

 

山田さん: もう1人あげたいのが山田さん。彼は前の2人よりは若く、といってももうすぐ70に手が届く、日系2世の草分けである。もちろん引退しているが働くのが好きで、ヤードマン(庭仕事の雑用をする)として1時間いくらという契約で今も働いている。南国のハワイの樹木は成長が早い。生垣などの切りこみは日本式に植木はさみで切っていてはとても間に合わない。 Hedge Trimmer(ヘッジトリマー)という電動のこぎりのようなもので、上と横を刈りそろえて形を整える。私もマイホームの庭仕事は自分の手でと最初はやってみたが、トリマーは重くはあるし、振動が大変だし、1回でこりてやめてしまった。山田さんはそういう重労働を何時間でも平気でやる。生垣を芸術作品のようにみごとに刈ってゆく。何時間働いてもお茶をすすめても飲まないし、休憩もしない。ただ黙々と働く。

 

 彼はまた信心深い。キリスト教の一派セブンスデー・アドベンティスト派の熱心な信者であり、収入の10%は毎月教会に寄附する。あるクリスマスの頃、いくらかプレゼントにお金を贈ったことがある。すると私の名前で全部教会に寄附したとみえて、あとで教会から「献金ありがとう」という礼状がきた。彼の平安そのものといった顔をみると、信仰深い者の強さをつくづく感じる。私はその境地にとても及ばないのが残念だが。

ホノルル、カハラ地区、左は公園、右は住宅
ホノルル、カハラ地区、左は公園、右は住宅